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電波ないち名無しさん

Author:電波ないち名無しさん
ちゃぶろ時代と変わらず、日々感じたことを、文法を気にせずつづっていきたいと思います・・・

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2020年東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員が高齢者だらけなのを憂う

前回は
東京都知事選挙の立候補予定者の年齢が高齢者だらけな件について述べましたが、
先日発足した東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会と連絡会議のメンバーも、
日本社会の現状(国の老化、国民の高齢化、社会のジリ貧ぶりなど)を
象徴していると言っても良いかもしれません。

私がこの組織委員会と連絡会議のメンバーを見て持った印象は
箇条書きにすると次の3点でした。

● 国内の政官財界が2020年のオリンピック・パラリンピックを
  「国をあげて取り組む」と息巻いている割には人選が半端な印象
● 論功行賞内閣の閣僚人事を思わせるような印象
● 「ただの『昔の名前で出ています』的な集まり」になってしまっている印象




以下の表は、2014年1月24日時点で
組織委員会と連絡会議に名を連ねているメンバーの年齢です。
調べられる範囲で調べたものなので、間違っていた場合は見逃してください(w

赤字と桃色の背景で示した人が
2020年7月24日(東京オリンピック開幕)の時点で後期高齢者(75歳以上)になる人、

青字と水色の背景で示した人が前期高齢者(65歳以上)になる人です。
中井敬三氏は調べた範囲では見つかりませんでしたが、
東京都の財務局長という立場なので40代後半~50代の間であると推定しています。

東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会と連絡会議のメンバー年齢
(2014年1月24日現在)
役職 氏名 生年月日 日付時点での年齢
2014年
1月24日
2020年
7月24日
会長 森 喜朗 1937(昭和12)年07月14日 76歳 83歳
理事
事務総長
武藤 敏郎 1943(昭和18)年07月02日 70歳 77歳
理事
副事務総長
布村 幸彦 1956(昭和31)年? 58歳 64~65歳
理事 久保 公人 1956(昭和31)年? 57歳 63~64歳
竹田 恆和 1947(昭和22)年11月01日 66歳 72歳
秋山 俊行 1955(昭和30)年? 59歳 65歳
監事 黒川 光隆 1946(昭和21)年? 67~68歳 73~74歳
中井 敬三 ??? ?歳 ?歳
評議員 木村 興治 1940(昭和18)年12月11日 73歳 79歳
福田 富昭 1941(昭和16)年12月19日 72歳 78歳
安藤 立美 1952(昭和27)~1953(昭和28)年? 61~62歳 67~68歳
前田 信弘 1956(昭和31)~1953(昭和32)年? 57~58歳 63~64歳
連絡会議
メンバー
下村 博文 1954(昭和29)年05月23日 59歳 66歳
鳥原 光憲 1943(昭和18)年03月12日 70歳 77歳


中井氏を含めても上記メンバーの平均年齢は若く見積もっても60歳以上になるでしょう。
つまり、2020年に東京オリンピックを迎える頃には平均年齢は65歳以上となるわけです。
オリンピックやパラリンピックで活躍して、かつ国内外で著名な人が何人も居れば良いのですが、
人選を見る限りはそういう傾向も無いようです。

年齢以外の面でも現時点での組織委員会のメンバーについて見渡したところでは、

● 委員のメンバーに女性が一人もいない。
● 存命の夏季オリンピック・パラリンピックの金メダリストはおろか、
  メダリストが一人も委員のメンバーに名を連ねていない。
● スポーツ全般の活動・振興を担当する文部科学省の官僚は委員に選ばれているのに、
  障害者スポーツの活動・振興を担当している厚生労働省の官僚は委員に選ばれていない。
● パラリンピック側からの代表者が組織委員会には(たぶん)一人も居ない。
  (連絡会議のメンバーに日本パラリンピック委員会委員長の鳥原氏がいるだけ)

  
など、私の考えた範囲でもツッコミどころが結構あります。


国際オリンピック委員会(IOC)と取り決めた組織委員会の発足期限は2月7日だそうですから、
こんな集まりであれば今から人選をやり直すべきだと思いますね。
(「じゃあ誰がいいんだよ?」というツッコミは出るでしょうが、それはまた別の話ということでw)

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2014年東京都知事選挙の立候補予定者が高齢者だらけなのを憂う

1月23日の東京都知事選挙告示が近くなりました。
今回は個々の政見はさておき、立候補予定者の年齢のみに着目しましたが・・・・・・
まあなんというか、日本の高齢化社会を象徴するといえば聞こえが良いですけど、
個人的にはアレですね。


下に掲載している表は、
東京都知事選挙がある2014年2月9日時点と、
次回の東京都知事選挙が行われる時期の2018年2月9日時点、
それに東京オリンピック・パラリンピックが行われる時期にあたる(予定)の2020年7月31日時点の
立候補予定者の年齢を示したものです。
この表には出馬が取り沙汰されている東国原英夫氏と家入一真氏を載せていますが、
立候補受付締切までどうなるかわからないので一応掲載しています。

東京都知事選挙の立候補予定者の年齢
(緑色の背景の者は前期高齢者、桃色の背景の者は後期高齢者)
立候補予定者氏名
(五十音順)
生年月日 年齢
2014年
2月9日
2018年
2月9日
2020年
7月31日
家入一真 1978(昭和53)年12月28日 35歳 39歳 41歳
五十嵐政一 1931(昭和06)年06月25日 82歳 86歳 89歳
宇都宮健児 1946(昭和21)年12月01日 67歳 71歳 73歳
鈴木達夫 1940(昭和15)年07月28日 73歳 77歳 80歳
田母神俊雄 1948(昭和23)年07月22日 65歳 69歳 72歳
戸並誠
(マック赤坂)
1948(昭和23)年09月18日 65歳 69歳 71歳
内藤久遠 1958(昭和33年) 56歳 60歳 62~63歳
中川智晴 不明 55歳 59歳 61~62歳
中松義郎
(ドクター中松)
1928(昭和03)年06月26日 85歳 89歳 92歳
根上隆 1949(昭和24)年09月11日 64歳 68歳 70歳
東国原英夫 1957(昭和32)年09月16日 56歳 60歳 62歳
姫路けんじ 1952(昭和27)年02月25日 61歳 65歳 68歳
平澤求 不明 65歳 69歳 71~72歳
細川護煕 1938(昭和13)年01月14日 76歳 80歳 82歳
舛添要一 1948(昭和23)年11月29日 65歳 69歳 71歳


立候補予定者の現時点の年齢に着目すると60代以上が多く、
このうち前期高齢者に属する人が6名、後期高齢者に属する人が3名います。
これが2020年7月31日時点になると家入氏以外は全員60代以上となり、
前期高齢者に属する人が7名、後期高齢者に属する人が4名となります。

2020年に行われる予定の東京オリンピック・パラリンピックは、
開催返上に至るような事態が起こらず、
2月の選挙を経て就任した都知事が2018年の都知事選で落選したり、
前都知事やその前の都知事のように任期途中で辞任するようなことがなければ、
次期都知事の2期目の任期中で開催になります。
このことを見据えて考えた時に、
今回の都知事選の立候補予定者は年齢面でいささか難がある者が多いと感じます。
だからと言って、私は立候補予定者に「辞退すべき」と言うつもりは毛頭ありません。
むしろ、今回の東京都知事選挙においては、
30代・40代・50代あたりの著名な人達がもっと沢山名乗りを挙げるべきだと思っています。
この年代は2020年7月末時点では年齢がどんなに高くても65歳前後なので、
知事就任前の経験や知識に就任後の実績が加わることや体力その他を考慮すると、
最も適当な年代ではないかと考えるためです。

今回の記事では年齢面のみから言及しましたが、
当然のことながら候補者を見るときは年齢以外にもたくさんの要素があるので、
年齢だけで候補者が首長として適格かどうかを見極められるわけではありません。
年齢が若いからといって橋下徹大阪市長のような人物のように
相応の器量や人格、実績、政見などが伴っていなければ、
首長を担う者しては不適格であるといえるわけですから。


・・・・・・それにしても、
告示前からなんともモヤモヤする今回の東京都知事選挙です(苦笑)。

「橋下徹」という前例がある限り選挙告示前の出馬否定発言を鵜呑みにしてはならない件

今回はメモ書き程度の大したこと無い記事ですが。
(いつもの記事も大したこと無いんですけどね、まあw)

東国原英夫氏が2月に行われる東京都知事選挙に出馬しないということなのですが、
この報道は本人の発言がもとになっているものとはいえ、全く鵜呑みにしてはいけません。

前宮崎県知事の東国原英夫氏(56)=前衆院議員=は10日、
東京都知事選(23日告示、2月9日投開票)への対応について
「去年から、ずっと計画も予定もない、と言いました。
 それは『(出馬)しない』ということにつながると思います。
2000%ない
と出馬を否定した。
千葉市で行われた東京オートサロンのイベント後、報道陣に語った。

親交のある橋下徹大阪市長(44)は2008年の大阪府知事選前に
「2万%出ない」と否定しながら出馬した経緯がある。
東国原氏にも複数の国会議員や支援者から出馬を促す声があったが、判断は覆らなかったとみられる。

東国原氏は、都知事選立候補予定者の顔ぶれについては
「実力者というか、実務経験から経歴、政治行政の実績などを兼ね備えた素晴らしい方たち。
 ただ、ご年配の方が多いなと思う」
と指摘。
細川護煕元首相については
「原発ゼロ、特定秘密保護法であれだけ自分の主張を前に出せる政治家はすごい」と語った。


(東国原氏、都知事選出馬「2000%ない」:社会:スポーツ報知 より)


上記の記事でも触れられている通り、
「2万%出ない」と公言した橋下徹氏はこの後、
前言を撤回して大阪府知事選挙に出馬して当選を果たしているわけです。

2007年12月3日に当時の太田房江大阪府知事は
2008年1月実施の府知事選挙への出馬断念を表明しています。
自民党や公明党はこの頃には橋下徹氏に会って出馬を打診しています。
一度「出馬しない」旨のコメントが報道されたのが2日後の12月5日。
翌日の12月6日の段階でも出馬を否定しています。
「2万%でもあり得ないです」という発言が出たのはこのときです。
大阪府知事選挙の出馬表明記者会見を行ったのは6日後の12月12日です。

来年1月に行われる大阪府知事選挙で、
自民党が、弁護士でタレント活動もしている橋下徹氏に出馬を打診していたことがわかった。
橋下氏は、出馬の意思はないと話している。

大阪府知事選挙では、3日に現職・太田房江府知事が出馬を断念したことを受け、
各党とも候補者選びを本格化させている。
その中で自民党は、幹部らが橋下氏の擁立に動き、出馬を要請していたが、
橋下氏サイドから5日朝、自民党大阪府議団などに正式に断りを入れてきたという。
橋下氏本人は「出馬する意思はまったくありません」とコメントしている。

自民党は、先月の大阪市長選挙でも橋下氏から出馬を断られており、
大阪府知事選でも別の候補者を模索することになる。


(大阪府知事選 橋下氏が自民の出馬要請断る | 日テレNEWS24 より)
弁護士でタレント・橋下徹氏は12日に記者会見を行い、
来年1月の大阪府知事選挙への出馬を正式に表明した。


大阪府知事選挙には、共産党推薦の梅田章二氏が立候補を表明している。


(橋下徹氏 大阪府知事選出馬を正式表明 | 日テレNEWS24 より)


東国原英夫氏の場合、出馬を否定したのは10日の段階です。
1月23日の告示日まではまだ2週間近くあります。
この期間のあいだに東国原氏が前言を撤回して出馬表明をし、
告示日に立候補を届け出る可能性は十分にあります。

「政界、一寸先は闇」とはよく言われます。
現段階で東国原英夫氏が出馬を否定したからといって楽観視してはいけません。
くだんの報道は書かれている通りに受け取らず、鵜呑みにせずに見ていたほうが良いでしょう。



※ 2009年の衆院選前にも同じような発言をしましたが、この時は出馬しませんでした。
  橋下知事が衆院選出馬否定 「2万パーセントない」 - 47NEWS(よんななニュース)

やしきたかじん氏逝去の報を受けて

新年早々、久々に生存報告を兼ねて記事を。
やしきたかじん氏逝去について取り上げます。

何よりもまず、

やしきたかじん氏の逝去を心よりお悔やみ申し上げます。


切れ味鋭いテレビ司会で“浪速の視聴率男”の異名をとった歌手でタレント、
やしきたかじん(本名・家鋪隆仁=やしき・たかじん)さんが3日、
心不全のため都内の病院で死去していたことが7日、分かった。64歳。
12年1月に食道がんを公表し同4月に手術、療養を経て昨年3月に復帰。
再び体調を崩し同5月から長期休養していた。
すでに近親者らで密葬が営まれ、後日、しのぶ会が開かれる予定。

人間ドックで初期の食道がんが見つかったのは12年1月。
すぐにテレビのレギュラー番組出演を取りやめ、休養すると発表。
しかし、関係者の話を総合すると、この時すでに他のがんも見つかっており、楽観視できる状況ではなかったという。

同2月には都内の病院に入院し、抗がん剤治療を経て同4月に内視鏡で切除手術を受けた。
食道をほぼ摘出し、胃を持ち上げるような形で咽頭と直接つないだが、
1週間後に合併症である縫合不全を発症し、再手術。
その症状は同じ食道がんを患い、
一昨年12月に亡くなった歌舞伎俳優・中村勘三郎さんと重なる部分が多く本人もショックを受けたという。

だが、不屈の精神力で医師も驚くほどの回復ぶりを見せ、
昨年3月に関西テレビ「たかじん胸いっぱい」(関西ローカル)の収録で約1年2カ月ぶりに仕事を再開。
同時に冠番組2本にも復帰した。

だが、いきなり週3本の収録は負担になったようで、同5月に体力低下を理由に再休養を発表。
その後は「万全になってから帰りたい」と今度は慎重に慎重を期し、リハビリに努めていた。


(やしきたかじんさん 食道がん発見時に既に転移 いきなり週3本収録は負担に ― スポニチ Sponichi Annex 芸能 より引用)


昨年春の復帰から再休養にかけての段階で、
「もうそれほど長く無いのかな」と何となく考えておりました。
それゆえに「やっぱりな」という気持ちと「残念だな」という気持ちが交錯しています。

私の場合、やしきたかじん氏(以降、たかじん氏)を見かけるのは
『たかじんのそこまで言って委員会』だけでした。
最近も昼間のテレビでザッピングしている時に見かけることがありますが、
(かといってそれ以前も毎週のように見ていたわけではありませんが)
たかじん氏の休養前(や、三宅久之氏の引退前)とその後では
番組内容が大きく劣化してしまったと言っても過言ではないと思います。
一言で言えば「『単なる右翼番組』となってしまった」と表現すると良いのでしょうか。
たかじん氏の生前からしばしば「右翼番組」を自称していたこの番組ですが、
たかじん氏がホストをし、辛坊治郎氏が脇を固め、三宅久之氏が健在だった頃は
大阪で製作されている番組らしい(と自分が言うのもアレですが)笑いの要素も多く盛り込まれており、
トークバラエティ番組としての体を十二分に成していたと思います。

『そこまで言って委員会』の放送期間中に日本国内の世論は随分と様変わりしました。
数年前はこの番組で主張されていた内容は当時の世論の逆を張ったものも数多くありました。
現在ではその内容の多くが広く日本社会で受け入れられるようになったと感じるとともに、
それに伴う危うさも感じています。

やしきたかじん氏、辛坊治郎氏、三宅久之氏と、
番組の大きな柱となっていた3氏が居ない今、
『そこまで言って委員会』はもう十分役目を果たしたと言っても良いのではないでしょうか。
「故人の遺志」ということでたかじん氏の冠番組はそのまま残していくそうですが
『そこまで言って委員会』に関してはたかじん氏の逝去とともに
番組を終えても良いのではないかと考えています。


最後に改めて、

やしきたかじん氏の逝去を謹んでお悔やみ申し上げます。


・・・・・・ですが、私からは以下の点を
たかじん氏および氏の番組の功罪(どちらかというと、罪)として指摘しておきたいと思います。

● 橋下徹氏がたかじん氏の番組を自分の立身出世の舞台として利用し増長していったこと
● たかじん氏(と、氏の冠番組)もその増長していく橋下徹氏の政界進出を後押ししたこと
● 橋下徹氏の政界進出成功(大阪府知事、大阪市長就任)後もたかじん氏および氏の番組が
  番組を通して十分な施政批判を行わずに支持を後押しし続けてきたこと
● たかじん氏の番組を通してたくさんの「保守」「右翼」に目覚めた者が誕生したこと
● その誕生した自称「保守」「右翼」がたかじん氏の番組での出演者の主張を拡散させ、
  ついには日本社会で広く受け入れられるようになってしまったこと
● 安倍晋三現首相、麻生太郎現財務大臣ら、現在の自民党の主流を占めている人達が
  失脚していた時期にやしきたかじん氏の番組出演を通して失地回復していったこと

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